中村武一さん(86歳)の事例で、アセスメント→計画→実施→評価を統合的に演習。
3冊目の最終回。これまでに学んだ全要素を、ひとつの事例で動かしてみる総合トレーニング。
3冊目の最終回ですわ。中村武一さん(86歳・男性・要介護3)──脳梗塞後遺症の左半身麻痺とアルツハイマー型認知症を抱えながら、介護老人福祉施設で生活している方の事例。これまで学んだICF整理・課題明確化・計画立案・実施・評価のすべてをひとつの事例で動かす総合演習です。実在の人物ではなく、教材用のオリジナル事例ですの。
生活歴:地方で町工場(金属加工)を50年経営してきた。職人気質で社交的な性格、地域の祭りでは世話役を務め、PTA会長や町内会長も歴任。趣味は家庭菜園と将棋。野菜を作って近所に配るのが楽しみだった。
家族:妻(83歳)と二人暮らしだったが、妻が病気がちで介護できず、息子2人(県内・遠方)も同居が難しいため、息子の勧めで2年前に介護老人福祉施設に入所。妻は月1〜2回面会、息子たちは月2回面会、近隣のショッピングモールで花や野菜の苗を見るのを楽しみにしている。
発症の経緯:76歳で脳梗塞を発症、後遺症として左半身麻痺が残った。1年のリハビリで在宅復帰したが、80歳を過ぎてから加齢に伴う下肢筋力低下で転倒が増加。85歳でアルツハイマー型認知症と診断。妻も病気がちで在宅介護が困難になり、施設入所に至った。
右大脳半球の脳梗塞によって生じる左半身麻痺は、運動麻痺だけでなく、右大脳半球が担う「空間認知」「注意」の障害を伴いやすいのが特徴です。
認知症の中で最も多いタイプ(全体の約6割)。緩徐に進行し、まず近時記憶障害(最近のことを忘れる)から始まり、見当識障害・実行機能障害・失認・失行・失語へと広がっていきます。
日中を中心に、日常生活に支障をきたす症状・行動や意思疎通の困難さがみられ、介護を必要とする状態。着替え・食事・排便排尿が上手にできない、徘徊、失禁などの症状がみられることがある。
① 左半側空間無視+認知症で「左側にぶつかる・落ちる」「左側の食事を食べ残す」が起こりやすい / ② 転倒リスクが二重(麻痺+認知症)。立ち上がりや夜間移動は特に注意 / ③ 記憶障害のため、リハビリの「手順」を覚えるのが難しい→毎回同じ手順を視覚的に / ④ 過去の記憶(職人歴・家庭菜園など)は比較的保たれている→強みとして活用
・移動・移乗:手すりがあれば介助で立位可能。患側(左)膝折れあり。立位保持2〜3秒。夜間熟睡せず起床時ふらつき。ベッド起き上がりは介助。座位安定。日中は車いす自走。
・身じたく:着脱の手順がわからず介助。歯磨きは自立、義歯洗浄は職員。洗面は声かけで自立。
・食事:右手でスプーン・フォーク使用、自分で食べる。2/3量で手が止まる→声かけで継続、全量摂取。左半側空間無視のため、左側の皿の食べ残しあり。
・排泄:日中は誘導でトイレ、夜間と起床時はポータブルトイレ+介助。尿意便意あり、パッド未使用。トイレ位置がわからないことが時々ある。
・入浴:週2回。右上肢・背中・臀部・足先以外は声かけで自分で洗える。
・コミュニケーション:視力・聴力問題なし。昔の思い出話は流暢。
・1日の過ごし方:日中はテレビ/フロアのソファで寝ていることが多い。レクは声かけで参加、他入居者と笑顔で会話。
中村さん:「トイレさえも自分でできず申し訳ない」「できなくなったことが増えて悔しい」「できることは自分でしたい」「昔みたいに花や野菜を育てたい」
妻:「怪我をせずに楽しく生活してほしい」「私も病気がちですが、またいつか主人と旅行に行きたい」
息子:「できる限り、昔のように夫婦で過ごす時間を増やしてあげたい」
| 分類 | 内容 |
|---|---|
| 健康状態 | 脳梗塞後遺症/アルツハイマー型認知症/認知症高齢者の日常生活自立度Ⅲa/要介護3 |
| 心身機能・身体構造 | もともと右利き、右手は使える/視力・聴力は問題なし/《機能障害》 左半身麻痺(運動麻痺+左半側空間無視)/患側膝折れ/立位保持2-3秒/近時記憶障害/見当識障害/実行機能障害 |
| 活動 | 右手で食事自立/歯磨き自立/洗面・着脱は声かけで一部自立/車いす自走可/座位安定/レクに参加/《活動制限》 着替え手順不明/立位保持困難/夜間トイレに行けない/食事の左側残し/手順を覚えられない |
| 参加 | 過去:町工場経営/PTA会長/町内会長/家庭菜園で野菜配り/将棋好き/現在:施設レクで他入居者と笑顔/息子と外出(花の苗を見る)/《参加制約》 社会的役割が著しく減少/自宅から離れている |
| 環境因子 | 介護老人福祉施設入所/自宅は妻が在住(妻は病気がち)/息子2人(県内・遠方、月2回面会)/車いす・ポータブルトイレ利用/年金と息子の支援で経済的に困らない |
| 個人因子 | 86歳・男性/右利き(強み)/社交的・職人気質/趣味は家庭菜園・将棋/PTA会長などのリーダー経験 |
総合的な援助の方針:これからも安心して自分の身の回りのことが行え、楽しく穏やかに生活ができるよう支援する。残された強み(右手・過去の記憶・社交性)を活かし、生きがいと役割を取り戻す。
| 情報 | 解釈・関連付け・統合化 | 解決すべき課題 |
|---|---|---|
| 「トイレさえも自分でできず申し訳ない」「できることは自分でしたい」/着替え手順がわからず介助/右手は使える | 実行機能障害で着替えの手順が思い出せないが、右手は使える。視覚的サイン+手順分割でできる部分を増やせる可能性。 | 着脱の手順がわかり、安全に自分で着替えができる |
| 手すりで介助立位/患側膝折れ/立位保持2-3秒/夜間熟睡せず起床時ふらつき/日中はソファで横になる | 夜間の活動性低下→睡眠の質低下→起床時ふらつきの悪循環。日中の活動量を増やし、生活リズムを整える必要。下衣脱着時の安全確保も。 | 自分でできることを増やし、安心して排泄ができ、自信を取り戻す |
| 日中はトイレ誘導/トイレ位置がわからない/フロアのソファで寝ていることが多い | 場所の見当識が低下。視覚的サイン(トイレマーク・順路表示)で自分でトイレに行ける可能性。 | 気兼ねなく安心してトイレに行ける(自走でトイレに向かえる) |
| 「昔みたいに花や野菜を育てたい」/PTA会長・町内会長経験/家庭菜園・将棋好き/息子と花の苗を見るのが楽しみ | 過去の記憶と強みが活きている。家庭菜園を施設内で再現できれば、生きがい・喜び・役割の回復に。 | 花や野菜を育てることで生きがいを取り戻し、生活意欲を高める |
| 生活課題 | 長期目標(期間) | 短期目標(期間) | 介護職員の具体的援助内容 |
|---|---|---|---|
| 着脱の手順がわかり、安全に自分で着替えられるようになりたい | 更衣の手順がわかり、ふらつかず安全に着替えができる(1年) | 右手を活用し、自分で着脱できる部分を増やす(6か月) | ・着たい服を本人と確認し用意 ・順番がわかるよう着替える順に服を渡す ・立ち上がり時・下衣着脱時は安全に一部介助 |
| 自分でできることを増やし、安心して排泄ができることで自立度を高め、自信を取り戻したい | 安心して排泄ができ、自信を取り戻す(1年) | 起床時、残存機能を活かし安全に排泄できる(6か月) | ・安全・プライバシーに配慮し環境を整える ・立ち上がりや移乗は健側活用で一部介助 ・排泄後の清潔保持は声かけ・見守り |
| 自ら気兼ねなく安心してトイレに行きたい | 気兼ねなくトイレに向かえる(1年) | 日中、トイレの場所がわかり自走でトイレに向かえる(6か月) | ・トイレ希望時は自走を促す声かけ・見守り ・トイレマーク・順路の貼り紙を入口に設置し環境を整える |
| 日常の活動量を増やし、生活リズムを整え、生活意欲を取り戻したい | 生きがいと喜びをもち健康的な生活を送る(1年) | 楽しみや役割を見つけ生活リズムを整える(6か月) 趣味を継続して取り組む(6か月) |
・他入居者との交流の場や外出の機会を増やす ・おやつ準備等の役割につなげる ・看護師連携で体調管理 ・家族と相談し育てたい花・野菜を外出時に選ぶ ・毎日庭で花・野菜の手入れができるよう支援 |
| 実施状況 | 評価 |
|---|---|
| 毎朝の着替え時、中村さんに好きな衣服を選んでもらう。選ぶときは天気・気温・予定を1つずつ伝えながら確認。着衣は脱健着患で1枚ずつ手渡し、声かけ。脱衣も動作の順番を1つずつ声かけ。右手のみで困難な動作は本人に意向を確認し、希望に応じて一部介助。下衣更衣時の立ち上がりは特に安全配慮。 | 会話しながら好きな服を選ぶときは表情が明るく「寒くなったから暖かい服がいい」と季節に合った選択。安全配慮と声かけにより上衣はほとんど自分で着脱可能に。介護者の声かけスピードが速いと戸惑う様子もあり、声かけの速度に配慮継続必要。右手だけで困難な動作は本人の負担にならないよう丁寧な声かけを続ける。計画は継続。 |
① 利用者へおこなった援助内容(意図的な言葉・表情・行為)/ ② 援助内容への利用者の反応(言葉・表情・行為)/ ③ 介護職が変更・工夫した援助方法/ ④ 工夫への利用者の反応/ ⑤ 介護職が気づいたこと・考えたこと/ ⑥ 計画の継続/修正/中止の判断
入所者名:中村武一様 / 作成年月日:○年6月1日
| 生活全般の解決すべき課題(ニーズ) | 長期目標(期間) | 短期目標(期間) | サービス内容 | 担当者 | 頻度 |
|---|---|---|---|---|---|
| できることは自分でしたい | 不便を感じることなく着替えができる(1年) | 自分でできる部分が増える(6か月) | ① 安全に更衣できる環境を整える | 介護職員 | 随時 |
| ② 更衣時の声かけ・見守り・一部介助 | 介護職員 | 随時 | |||
| ③ 個別機能訓練の実施 | 機能訓練指導員 | 随時 | |||
| ④ 機能訓練の状況確認 | 介護職員 | 随時 | |||
| 安心した排泄がしたい | 安心して排泄ができる(1年) | 起床時、転倒の不安なく排泄ができる(6か月) | ① 安全に排泄できる環境を整える | 介護職員 | 随時 |
| ② 排泄時の声かけ・見守り・一部介助 | 介護職員 | 随時 | |||
| ③ 排泄後の清潔保持・皮膚観察 | 介護職員 | 随時 | |||
| トイレに自分で行きたい | 日中、自分でトイレに向かえる(1年) | 日中、自分でトイレに向かえる(6か月) | ① 誘導の声かけ・見守り・一部介助 | 介護職員 | 随時 |
| ② トイレの場所がわかりやすい環境 | 介護職員 | 随時 | |||
| 生活を楽しみたい。花や野菜を育てたい | 毎日穏やかに楽しみをもって生活できる(1年) | 生活リズムを整え交流の機会を増やす(6か月) | ① 日中の活動量を増やす | 介護職員 | 随時 |
| ② コミュニケーション機会/体調管理/外出機会 | 介護職員・看護師・家族 | 随時 | |||
| 花や野菜の世話ができる(6か月) | ① 育てたい花や野菜を選ぶ支援 | 介護職員・家族 | 随時 | ||
| ② 毎日の水やり支援 | 介護職員 | 毎日 |
レクリエーション前、中村さんがトイレに行くと希望。フロアから車いす自走でトイレに向かうのを支援する。
レク後、サンルームで中村さんが育てている植物の手入れをする。家庭菜園経験を活かして「役割」を支援する場面。
食事は正面に配置、左側の存在も声かけで意識。歩行・車いす走行は左側に物を置かない。鏡で左側を意識づけする訓練も有効。
食事・歯磨き・洗面で右手を主に使用。スプーン・自助具も右手で扱いやすい配置に。「できる側に光を当てる」のがリハ的にも有効。
トイレ位置はマーク・順路表示。着替え順は1枚ずつ手渡し。場所の見当識障害には言葉より視覚の情報が伝わりやすい。
日中の活動量を増やして夜間の睡眠を改善。起床時のふらつき防止=夜間の睡眠の質改善から。日課・レクで役割を持たせる。
家庭菜園・将棋・町工場経営・PTA会長──これらの長期記憶は比較的保たれる。施設菜園で「育てる役割」を再現、社交性を活かしてレクのリーダー的役割も。
実行機能障害があるため、「次は◯◯ですよ」と1ステップずつ。声かけは速すぎず、本人のペースに合わせる。
左半身麻痺+認知症は転倒リスク二重。立ち上がり・夜間移動・浴室は特に注意。誤嚥リスクもあるため、食事姿勢(90度座位・あごを引く)と嚥下確認を徹底。
Q1. 右大脳半球の脳梗塞による左半身麻痺の利用者でよく見られる症状はどれか?
Q2. アルツハイマー型認知症の中村さんへの介護対応として最も適切なのはどれか?
Q3. 中村さんの食事介助で、左半側空間無視への配慮として最も適切なのはどれか?
Q4. 中村さんの実施演習「トイレへの自走支援」で、自立支援の視点として最も適切な対応はどれか?
15〜50、合計36回のインフォグラフィック、お疲れさまでした。
事例で学ぶ介護過程まで到達しましたわ。次は実践でその力を活かしてくださいまし。